【奈良市】正長元年柳生徳政碑

●しょうちょうがんねんやぎゅうとくせいひ

民衆が国と権利を争った貴重な証

碑文は疱瘡(ほうそう)地蔵に向かって右下方に縦33cm×横21cmの長方形の枠内に「正長元年ヨリ/サキ者カンへ四カン/カウニヲ井メアル/ヘカラス」の4行27文字が印刻されている。

文意は、「正長元年より先は神戸四箇郷(春日社領の大柳生・柳生・阪原・邑地)に負目あるべからず」と、現在解釈されている。大正14年(1925)に柳生町の研究者、杉田定一によって解読された。

石刻の時期については諸説あるが、正長の土一揆により徳政を勝ち取った百姓らが記念に彫った物とされ、民衆が刻み残した資料として歴史的価値が大きい。