〈明日香村〉盗掘記録で確かめられた天皇夫妻の合葬墓『天武・持統天皇陵』 2026.7.8 鮎 盗掘記録で発覚した天武・持統の合葬墓 「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」の構成資産のひとつである御陵。檜隈大内陵(ひのくまおおうちのみささぎ)に治定されている古墳で、687年に築造がはじめられ、天武天皇を埋葬、703年に火葬された持統天皇を合葬したとされています。 江戸時代まで天武・持統陵は、五条野丸山古墳(見瀬丸山古墳)に治定されていましたが、1235年に盗掘に遭った野口王墓古墳の石室の様子を詳細に記した『阿不幾乃(あおきの)山陵記』が、1880年に京都栂尾(とがのお)の高山寺で発見されたことを契機に、翌年に野口王墓古墳を天武・持統陵としました。