《連載》
新日本妖怪紀行|第21回
天狗同士の大喧嘩の跡
巨岩怪石群「鍋倉渓」
今回は、山辺郡山添村大塩にある「鍋倉渓」にまつわるお話です。妖怪がテーマのこのコーナーとしては天狗の話を取り上げますが、鍋倉渓には他にも、いろんな角度からいろんなお話が残されていて、地質学の研究対象にもなっています。
もう春です。ご家族でカップルで、現地に行って古代のロマンを感じられるのもいいですね。
青葉山の自然が神野山へ
その昔、山辺郡山添村の神野山に天狗が住んでいました。昔話では、杉の木が1本だけあるはげ山だったそうです。そして、その東隣にあった青葉山にも天狗が住んでいました。青葉山は緑が豊かで、岩も草もたくさんあって、今ならハイキングでにぎわうような山でした。
ある日、ささいなことで神野山の天狗と青葉山の天狗が喧嘩となり、石の投げ合いを始めました。特に青葉山の天狗の方が、石や岩、土、草など手あたりしだいに投げつけてきます。神野山の天狗は、山がもともとはげ山でしたので、投げるものがなくなり、青葉山から投げつけられる岩や土がどんどん積もっていきます。そこで神野山の天狗は弱そうなふりをして、相手のやりたい放題をそのままにしておきましたから、神野山はいつしか、木や草、岩や石などがたくさんある、自然が豊かな山へと変わったのです。一方の青葉山は、投げるものがなくなって、ついにははげ山になってしまいました。その青葉山から飛んできた岩が川のように並んだ斜面が、山辺郡山添村大塩にある鍋倉渓と言われています。
鍋倉渓のそばで、ご神体として祀られている
るいるいたる謎の巨岩怪石群
現地に行ってみました。鍋倉渓とは、全長約650㍍、幅が約25㍍にもわたって、るいるいと続く巨岩怪石群のことです。その岩はまわりの土や景観になじまない黒い岩で、そこだけが異様な光景ですので、天狗が投げてきたと思えなくもありません。
でも実際は、古代に山の表面が風化して、しだいに細かい土になっていく過程で固い角閃斑糲岩の部分だけが残ったものだそうです。ですから、この鍋倉渓以外の周辺の岩は、主に花崗岩なのです。これもまた奇妙なことと思います。
あまりの奇観ゆえに、天狗の話以外でも古代人が築いた巨石構造物の跡ではないかとか、溶岩が流れた跡ではないか、宇宙人が関与しているのではとか、俗説はたくさんあります。また、この鍋倉渓を天の川に例えると、主な巨石の配置が夏の大三角形を構成する星(ベガ・デネブ・アルタイル)の位置に酷似しているという指摘もあり、興味は尽きません。
表面に模様か文字のようなものがある
多くの伝説を生む信仰の山
また、ここはツツジの名所としても有名です。先ほどの喧嘩で青葉山の天狗が降参し、羽内輪と隠れ蓑を神野山の天狗に差し出しましたが、神野山の天狗も負傷して血を流しましたので、そこから紅葉の美しいツツジが群生するようになった、とも言われています。
他に神野山の天狗にまつわる話としては、天狗に飛行の術を教わった山添村の他惣治という男の話があります。他惣治が術を覚えて村に帰ったら、すっかり風貌が変わっていて七里(約27㌔)離れた奈良までも一刻(約30分)で往復できたということです。神野山にある神野寺の境内には、今も天狗に飛行術を習うための「天狗杉」が残されています。民話では神野山の烏天狗を「どんずりぼう」と呼ぶこともあります。駐車場にあるキャラクターも烏天狗で、着ぐるみのキャラクターは「からす天狗のてんまる」です。あちこちに烏天狗をモチーフにした看板やポスターがあり、この神野山は、今でも天狗が生きて活躍する天狗信仰・巨石信仰の山なのです。
*掲載内容は2017年4月に取材したものです
