年末年始、与論島出身の知人の勧めもあって与論島に行ってきた。ヨロンとカタカナで書くのではなく、島の人への敬意を込めて漢字で書く。鹿児島県に属するが、沖縄北部まで23kmと沖縄に近い。
冬の与論はマリンスポ―ツにはやや寒く、天候も荒れていて、することが少ない分のんびりと過ごせ、そのお陰で島の人たちとゆっくり話ができた。
まず知人の父である田畑哲彦さん(72)は、与論島で超有名人だった。「かりゆしバンド」のリーダーとして、経営するライブハウスで沖縄サウンドや与論の島唄、オリジナル曲を演奏するほか、全国各地をツアーで回っている。役場勤務を40歳で辞め、ライブハウスを開業、昔の島唄の研究にも力を注いでいる。訪れた夜は20人ものノルウェー人宣教師の家族連れと一緒になり、田畑さんらの歌と三線で踊り明かす、にぎやかで楽しい夜となった。
そこで知り合ったのが偶然にも奈良県田原本町出身の川本治利さん(73)。民宿「ビーチランドロッジ」のオーナーで、大学時代に過疎調査で与論を訪れ、22歳で移住を決意。借金をしてロッジを始め、以来50年以上が経つ。これから10年かけて教会を建てたいと構想を練っているという。
最後に訪ねたのは「与論民俗村」村長の菊秀史さん(68)。自宅を改装した施設で、与論の生活文化や習慣を丁寧に説明してくれる。特に方言を後世に残す活動に熱心だ。戦後、「島の暮らしが忘れ去られないように」と語った祖母の一言をきっかけに、菊さんらは昔の道具集めに奔走し、現在の民俗村の形になった。開設から52年になる。
皆さんに共通するのは与論を心から愛し、島のアイデンティティを守ろうとする強い思いを持ちながら、実に自由に生きていることだ。幸福を財産や物、生活水準で測りがちな昨今、季節外れの与論島で大先輩から改めて生き方を教わった気がした。
よみっこ編集長 朝廣 佳子
