「妖怪悲恋物語」約束を破るのはいつも人間

白蛇伝説の龍の口。この霊水は修験者のための水の行場へと至ります

《連載》
新日本妖怪紀行|第2回

「妖怪悲恋物語」
約束を破るのはいつも人間

昔から、人間と妖怪が夫婦になるという話はたくさんあります。 たいていは、女性が妖怪で男性が人間というパターンで、 最後は妖怪の正体が知られて去っていくというもの。人間と妖怪が添い遂げて一生幸せに暮らしましたチャンチャン、 という話は、まず聞いたことがありません。いくら人間が「もう一度いっしょに住もう」と言ったって妖怪は去っていくのです。今回は、そんな妖怪悲恋物語をお届けします。

不思議な女と寺男

大峯山のふもと、吉野郡天川村洞川どろがわにある、龍泉寺に伝わる悲恋物語をご紹介しましょう。
昔々、龍泉寺にまじめに働き、修行も一所懸命するという一人暮らしの寺男がいました。ある日、男が家に帰ると、そこに一人の女が立っていて「お願いです。どうか、ひと晩泊めてください」と、男に頼みました。見ると女は長旅で疲れている様子。親切で人の良い男は、家に入れて、茶がゆなどを食べさせ、ゆっくりと休ませました。
次の日、なんと女は男より早く起きて家の中を掃除し、朝ご飯も作ってくれたのです。男はとても喜び仕事に行きました。次の日も女は家にいて家事など、よく世話をしてくれます
そして、いつしか二人は夫婦になり、かわいい男の子が産まれました。男は毎日まじめに働き、決まった時間に帰ります。でも、かわいい子ども見たさに、少し早く帰ることもありました。そのとき女は「子どもに乳を飲ませたり、添い寝を見られたりするのが恥ずかしいのです。早く帰るときは、戸口で声をかけてくださいね」と男に強く頼みました。
龍泉寺の本堂。左右に役行者に仕えた前鬼・後鬼の像

私の目玉を乳のかわりに

男はある日、約束を軽く捉え女を驚かせてやろうと、黙って、そうっと家に入りました。見ると部屋いっぱいの大きな白い蛇がいて、赤ちゃんと添い寝しているではありませんか。男は腰を抜かさんばかりにびっくりしました。白蛇はあわてて女に戻り「私は龍泉寺の池にむ蛇です。ずっと以前から、寺で働くあなたに心惹かれていました。でも見られたからには、もう夫婦ではいられません。龍泉寺に帰ります。子どもが泣けば、乳の代わりにこの目玉をなめさせてください」と言って、片方の目玉をくり抜き、家を出て行きました。
それから子どもは目玉をなめて育ち、とうとうなめつくしてしまいました。子どもがあまりに泣くので、男は子どもを背負い、龍泉寺の池のそばに行きました。すると中から白蛇が現れて、もうひとつの目玉を子どもに与えました。
「私はこれで目が見えず、昼も夜もわからなくなりました。どうか、朝に三つ、暮れに七つ、お寺の鐘を鳴らしてください。それを日々の頼りといたします」と言って池に帰り、二度と再び姿を見せることはありませんでした。子どもを思う白蛇の愛に打たれた男は、龍泉寺の鐘を、毎日鳴らし続けたということです。
正体を知られて帰っていく妖怪は多い。この絵は月岡芳年作「葛の葉きつね童子とわかるるの図」

役行者ゆかりの泉「龍の口」

龍泉寺は、役行者えんのぎょうじゃゆかりの寺です。役行者が大峯を開山し修行していた白鳳年間(645〜710年)の頃、ふもとの洞川に下りられ、岩の中から水が湧き出る泉を発見されました。そのほとりに八大龍王尊をおまつりし、行をしたのが龍泉寺の始まりとされています。この泉を「龍の口」と言い、この地を龍神様の住まわれる泉ということから、龍泉寺と名付けられました。この伝説の白蛇が棲む泉「龍の口」は今も枯れることなく、大峯山修験者の清めの水になっています。
他にも龍泉寺には不思議な話がいろいろあって、中興ちゅうこうの祖、聖宝理源大師しょうぼうりげんだいしが退治した毒蛇の話もあり、その大きな蛇骨も残っています。
聖宝理源大師が退治した毒蛇の骨。大きいです
文・写真提供

竹林 賢三

TAKEBAYASHI KENZO

*掲載内容は2015年9月に取材したものです
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