《連載》
新日本妖怪紀行|第31回
間の悪さを修復する
お地蔵さん
人間誰しも「間が悪い」時があるもの。ちょっとしたことで思わぬミスが重なったり、タイミングがずれて失敗したり、みなさんも経験があることでしょう。
そんなちょっとした間の悪さを直してくれるのが「まんなおし地蔵」です。関西弁で「間」は「まん」と言います。奈良でまんなおし地蔵は、私の知っている限り2か所あります。
それではさっそく間を開けずに、ご紹介していきましょう。
お金を埋めて商売繁盛
最初に向かったのは東大寺二月堂。道が二つに分かれていて、右は二月堂、左はまんなおし地蔵への道です。ちゃんと分かれ道に「左 まんなおし地蔵 一丁半」と書かれた道標があります。一丁半というと160メートルぐらい。たしかにそれぐらいの距離の坂道を上ると、石の柵で囲まれたお地蔵さんがありました。
鎌倉時代の作とも言われていますが、古い割にはお顔がはっきりわかります。このお地蔵さんのおもしろいところは、石柵のまわりの土にお金を埋めて、前に埋めた人のお金を持って帰ると商売が繁盛するというもの。私も50円玉を埋めましたが、見回して見えるのは1円か5円ばかり。ご縁がありますようにと、土から半分見えている5円玉をもらって帰りました。
100年過ぎて、帰ってきたお地蔵さん
もう1か所は瓦堂町にあります。奈良国立博物館の方が見たところ、12〜13世紀ごろの作ということです。残念ながら、外からお顔は見えませんでしたが、お堂にあった由来書によると、江戸時代にお世話をする人がいなくなったので、嘉永4年(1851)、鳴川町の徳融寺に預けられたそうです。
それから100年が過ぎ、昭和28年(1951)に体の破損などを修復して瓦堂町に改めて戻し、祀られたということです。お堂にしては大きめの敷地です。お掃除も行き届き、地元の人たちが大切にしているのがわかります。
お地蔵さんの役割は
さて、お地蔵さんの役割を改めて考えてみましょう。お釈迦様が入滅され、現世に仏が不在となった期間、人々を救うのが地蔵菩薩です。この世を救いに弥勒菩薩が出現するまでの56億7600万年の間、私たちを救ってくれるのです。
つまり、今までの地球の年齢より長い時間、地蔵菩薩はがんばってくれるのです。それとその名前ですが、時代や地域の人によって名前が変わります。子授地蔵、水子地蔵、平和地蔵など、いくつもの名前を兼ねたお地蔵さんが全国にあります。
平和地蔵という名は戦後のお名前でしょう。そこだけ空襲でも被害がなかったから、平和地蔵にしよう、なんてね。ええかげんなようですが、それでいいのです。その時その時の願いを聞いてくれるのが、お地蔵さんなのですから。
となると、このまんなおし地蔵も、たとえば領主の呼びかけに少し遅れたので、その村が大損したとか、ちょっとしたスキに洪水が起こったとか、例えば、なんらかの原因があって今まで子安地蔵だったものが、まんなおし地蔵に変わったという可能性があります。
特に二月堂のそばのお地蔵さんは、商売繁盛のお地蔵さんです。商売は「間」の良し悪しが大きく左右されますから、まんなおしという性格は、後から付加されたような気がします。みなさんが、お近くのお地蔵さんを自分なりにこっそり、心の中で子育てや長寿や強運のお地蔵さんに変えてみても、きっと罰は当たらないと思います。
お地蔵さんは本来、そういう人に寄り添う存在なのですから。
*掲載内容は2018年02月に取材したものです
