〈大淀町〉三姉妹で守る奈良伝統の「天日干し番茶」/『嘉兵衛本舗』

口吉野の山間部で作られる地番茶

吉野川上流に位置する奈良県大淀町。緑豊かな茶畑が広がる中増地区では山間地特有の寒冷な気候と栄養豊富な土壌に恵まれ、江戸時代以前よりお茶の栽培が行われてきました。同地区にある嘉兵衛本舗も、江戸時代からおよそ170年、代々お茶を作り続けています

大淀町で盛んに製茶が行われるようになったのは江戸時代中期以降。天保年間に宇治の籠職人、籠屋忠兵衛が中増の里で宇治の製茶を広めたことに始まります。

ピーク時には大淀町内に300軒、吉野郡全体では約6600軒の生産者があり、中でも大淀町は吉野郡生産量の50%を占める茶の大産地だった。その中で、最も盛んに製茶をしていたのが山本久右衛門と嘉兵衛本舗の初代である森本嘉兵衛でした。

大淀町に伝わる「天日干し番茶」

代表商品は「天日干し番茶」。工程の機械化が進み、製茶技術も発達した現代でも、江戸時代から続く伝統製法を使って手間暇をかけて作られます。

大淀町では煎茶の製法が伝わる以前から「番茶」や「日乾茶」があったという記録が残り、番茶には一般的な煎茶の二番煎じ的なものに加えて、宇治製法以前からある伝統的製法のお茶というもう一種類の番茶も存在しています。ちなみに天日干し番茶は後者の番茶なのだそう。

現在は上野知佳さん、堤有佳さん、井川恵里佳さんの3人が中心となって嘉兵衛本舗を営んでいます。それぞれ結婚して姓は違いますが、現当主の森本正次さんを父に持つ森本家の三姉妹です。

長女の知佳さんは茶畑や加工現場の管理とイベント、次女の有佳さんは煎茶・紅茶の製造および広報・経理担当として嘉兵衛本舗の窓口を、そして三女の恵里佳さんは主に出荷やパートタイマーの管理の担当と、それぞれの得意なことを生かして、互いを補い合いながら店を営まれています。

左から次女の有佳さん、三女の恵里佳さん、長女の知佳さん

嘉兵衛本舗のお茶づくり

嘉兵衛本舗では生産から加工、販売までを自社で担っています。同地区に点在する茶畑は全部で約2haほどで、「やぶきた」「おくみどり」「紅ふうき」を栽培しており、近頃は奈良県品種の「やまとみどり」の栽培も始めました。収穫できるまではもう少し。

摘採の様子。刈り取りを手伝うのは乗用茶刈機の四女「ななこ」

栽培方法は新芽が出てから収穫までの間、日光を浴びさせて育てる露地栽培。日光を遮らずに地力のある赤土で育てることで力強い味のお茶になります。

収穫は年に3回。一般的には新芽と2回目に収穫された茶葉が煎茶となり、以降の茶葉が番茶になりますが、嘉兵衛本舗では新芽以外の茶葉は全て番茶に。本来煎茶となる葉も番茶にしているんだとか。

江戸時代から伝わる伝統製法を守り継ぐ

嘉兵衛本舗の番茶と一般的な番茶の違いは2つ。揉む工程がないことと焙じること。煎茶から作る番茶は茶葉を蒸した後、煎茶同様に揉むのが主流ですが、嘉兵衛本舗では揉まずに天日干しに。そうすることで茶葉がたくさんの光を吸収し、香りと旨味が増すんだそう。

生葉を蒸す蒸し缶は特注品。ひと缶20kgを1回の作業で約30缶分こなす

江戸時代から受け継がれる天日干しの作業では、蒸した茶葉をシートに広げて太陽の光に当てます。定期的にほうきを使ってかき混ぜながら均等に日光を浴びせ、春は1日~2日、夏は半日、秋は2~3日と茶葉が茶色になるまで水分を飛ばしていきます。

作業を行うシートの下はコンクリート。夏場には体感温度が約50度にもなります。また雨に少しでも濡れてしまうとすべての茶葉がダメになってしまう。そんなリスクと常に戦いながら、こまめに雨雲レーダーを確認して茶葉を管理されています。

片時も目が離せず手間がかかりますが、これもおいしい番茶を作るのに大事な工程。

もう一つの特長である「焙じ」の工程。特注の砂釜を使い、約100度に焼いた砂で茶葉を焙じることで、ふっくらと仕上がり、やさしい香りの飲みやすい番茶に。深すぎず、浅すぎず、絶妙な炒り加減で止めることで独特の香ばしさを生み出します。

ガスコックの加減や茶葉を送り出す量の調節は手作業。人が変われば味も変わってしまうこともあるため、番茶に関しては知佳さんが茶師を務め焙じ加工を担当しています。

地番茶と共に歩む

代々受け継がれる手法で手間暇かけて作られる天日干し番茶。かつては卸に売るほか、行商に出て手売りする程度だった販路も、ファンが増えていくにつれて徐々に拡大。

自社での通信販売のほか、中川政七商店をはじめ、各地のセレクトショップにも並ぶ。近年では番茶・煎茶以外にも和紅茶やハーブティなど新しい商品も登場しています。

「いつも『うちのが一番おいしい』と思ってお茶作りをしています。中でも天日干し番茶は地域の暮らしの中に根付いてきた伝統的なお茶だからこそ、いつまでも作り続けていきたい。おそらく煎茶や紅茶をやめても番茶だけは最後まで作り続けていると思います」と有佳さん。いずれはお茶と共に茶器などを販売するカフェを作るのが夢だといいます。

大淀町だけでなく、京都府の「京番茶」や徳島県の「阿波番茶」、北陸地方の「バタバタ茶」など味や製法が異なる、地域固有の番茶は全国各地にあります。地域が粛々と守り継いできた“地番茶”を一度味わってみては。

左から次女の有佳さん、三女の恵里佳さん、長女の知佳さん

Profile

嘉兵衛本舗

KAHEE HONPO

天保年間創業。森本嘉兵衛から約170年お茶づくりを受け継ぎ、初代嘉兵衛の名を屋号に生産から販売を行う。

江戸時代から伝わる天日干し番茶「かへえ番茶」は全国にファンが多く、県内の道の駅やセレクトショップで販売される。

現在は、その伝統を次世代に伝えるべく三姉妹が中心となり家族総出で店を営む。

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