初夏といえば「夏も近づく八十八夜……♪」という唱歌が思い浮かぶが、最近の子どもたちは童謡や唱歌を歌う機会が少ないと聞いた。皆で歌う機会が減ったのか子どもたちの好みを尊重してなのか、童謡を知らないという子も増えているそうだ。東大寺の筒井寛昭長老が、「日本の童謡や唱歌は素晴らしいものが多いのに残念ですね」と話してくださった。その時に教えていただいたのが『とおりゃんせ』の歌である。
私は「行きはよいよい、帰りは怖い」の歌詞をどこか怪談めいたものだと思っていた。しかし歌には「この子の七つのお祝いに、お札を納めに参ります」とある。昔は七歳まで無事に育つことが大きな節目であり、七歳を迎えると一人前として扱われるようになった。神社へ向かう行きはこども、帰りは一人前への第一歩を踏み出した身。「帰りは怖い」には、これからは責任を持って生きていくという意味が込められているのだそうだ。
また、『しゃぼん玉』の「屋根まで飛んで 壊れて消えた」という歌詞。これは作詞家の野口雨情が、生まれてすぐに亡くなった長女のはかなさを詞にしたものだったことも今さら知った。童謡や唱歌には、その時代の文化や風習、人々の願いや暮らしが織り込まれている。歌詞の意味を知ることで、昔の人たちの暮らしや願いが身近に感じられる。
考えてみれば、童謡や唱歌を歌う時は、その情景に出会った時だった。夕焼けの中を母と歩いた時、幼稚園でチューリップを育てた時、歌と思い出は重なっている。生活様式が変わった今の子どもたちには実感しにくいかもしれない。それでも歌に込められた思いは、これからも受け継がれてほしい。
よみっこ編集長 朝廣 佳子
