山中にひっそりと、廃寺跡の仏たち〈新日本妖怪紀 第36回〉 新日本妖怪紀行 2026.6.3 staff 滝寺の磨崖仏。細粒質片磨岩の岩肌に彫刻されています。手前の大きいのは千手観音 《連載》 新日本妖怪紀行|第36回 山中にひっそりと、廃寺跡の仏たち 大和郡山市 大和田町 世の中はどのようなものも変わっていきます。いかに隆盛を極めたお寺でも廃寺になることがあります。信仰の移り変わり、地形の変化など、様々な理由で廃寺になってしまうのです。 今回は、理由は定かではありませんが、もはやそこには石仏しか残っていないという「滝寺廃寺跡」に行ってきました。 「急な坂道」「きびしい上り」 近鉄「大和郡山」駅からバスに乗って15分ほど、「矢田東山」バス停を降りて歩き出しました。でも、なかなかそれらしい場所に着きません。なんとなく不安になって、近くの施設で道を聞いてみましたら、丁寧に教えてくださって地図もいただきました。 「とにかくまっすぐ歩けばいいのね」と思いつつ地図を見ると「急な坂道」と書いてあって、その先が「きびしい上り」とあります。なんとなく一抹の不安を覚えながらも、とにかく歩きました。 たしかにその通り「急」で「きびしい」登り坂が続きます。まあ、その通りだから道に迷ったわけではないのでいいのですが、結局、滝寺の方向を示した看板を見落として行き過ぎてしまい、分かれ道へと引き返すことになったのです。 滝寺へと向かう道は、人が長い間通っていない感じです。草が生え、木が倒れ、水がチョロチョロ流れている地面を踏みしめつつ、奥へ奥へと進んで行くと「おっ」見えました。 分かれ道にあった滝寺への方向を記した看板。見落とすよね… 我が国で最も古い磨崖仏のひとつ そこにはもはや寺はなく、磨崖仏まがいぶつを囲うだけの板でできたお堂があり、入り口に「瀧寺磨崖佛」と書いてあります。しかし、この山中にあって、その存在感は半端ではありません。お堂が見えた瞬間のインパクトはすごいものです。 奈良県教育委員会が立てた解説板には「県指定史跡 滝寺の磨崖仏」とあり「その作風から見て8世紀になってからのものと考えられ、我が国でも最も古い磨崖仏のひとつ」と書いています。磨崖仏とは岩などの壁面に直接彫られた仏様のことで、単体の仏像ではありません。 お堂の中には、後から置かれたものと思いますが千手観音の石像がありました。でも、どう見ても手が短い。なんだかムカデ……(仏様、すみません。私の妄想です)。 上に三尊仏が2組、下に立像が6体並んでいます。見えるかな? 今も山中で仏たちは…… その肝心の磨崖仏ですが、よく見ると岩肌に何かびっしりと彫られているようです。その中でも岩のくぼみ(龕がん)に彫られた仏様は比較的わかりやすく、三尊仏が何体かあり、立像や座像も時の流れで摩滅が激しいのですが、胸に手を当てている仏など、ポーズがわかるものもあります。きっとできた当時は、美しい磨崖仏だったのでしょう。 ひょっとしたらもっと大きな岩だったのかも知れませんし、もっと巨大な岩壁の一部だったのかも知れません。全体的に眺めると、その配置や構図も、よく考えられているような気がします。 でも、お堂の外から目を凝らして見るだけではよくわかりません。この付近から奈良時代の瓦が出土しているらしく、滝寺の詳しい調査結果がほしいところです。 何百年もの歴史を語ることなく、今日も明日も、遠い未来も、じっとこの山中で黙したままの仏たち。最近はこの「滝寺廃寺跡」を心霊スポットのように言う人がいるらしいのですが、廃寺を廃校や廃病院と同じにするなかれ。岩に彫られた仏たちは、この国、人、地域などの平安を願い、今もじっと黙して語らず、守り続けているのですから。 磨崖仏が収まる「瀧寺磨崖佛」と書かれたお堂 文・写真提供 竹林 賢三 TAKEBAYASHI KENZO YouTubeにて「ちくりんの妖精妖怪教養講座」配信中! *掲載内容は2018年07月に取材したものです