編集長のメッセージ(4月)

スマホを会社に忘れた。取引先に向かう電車の中でその事実に気づいたが、もう取りに帰る時間はない。とりあえず向かうしかないと自分に言い聞かせたが、電車に揺られながら考えていくうちに、どんどん悲壮な気持ちになってきた。
まず、降りる駅は何とかわかるが、乗り換えのルートも正確には覚えていない。「スマホを見ればいつでもわかる」とたかをくくって、調べたけれど記憶していない。さらに、駅から少し離れた店で待ち合わせをしているのに、地図アプリがなければ一歩も動けないことに愕然がくぜんとした。
極めつけは連絡手段だ。先方の電話番号も名刺のデータも、すべてスマホの中にある。LINEもアプリがなければどうしようもない。仮に番号を思い出せたとしても、街中で公衆電話を見かけた記憶がまったくないのだ。これほどまでに、自分の行動のすべてを一台の機械に委ねきっていたのかと、情けなさが込みあげてきた。
スマホを忘れただけで、社会人としてここまでお手上げになってしまうものか。世の中は本当に便利になったのだろうか。昔は、駅の伝言板を使ったり、あらかじめ地図を頭に入れたりと、不便なりに自分の頭を使って動いていたはずだ。それが今では、スマホが手元にないと途端に何もできなくなってしまう。人はこうして、便利なものに依存し退化していくのかもしれない。
結局、駅前の交番に駆け込み、警察官に地図を見せてもらって何とか約束の場所にたどり着くことができた。ほっとすると同時に、自分の「スマホ依存」にぞっとした。これは単なる忘れ物ではなく、危機管理の問題だ。どれだけデジタル化が進んでも、最低限の連絡先や地図は紙に書き写して持っておくべきだった。アナログな備えの重要性を、痛いほど実感した一日だった。

よみっこ編集長 朝廣 佳子

戻る