Boze数珠繋ぎ#267|冷水寺西室院・山中 弘順 師

若いお坊さんへのリレーインタビュー

「Boze数珠つなぎ」

#267

Profile

真言宗大覚寺派 寳光山
冷水寺西室院 副住職

山中 弘順 師

やまなか こうじゅん

1988年高市郡高取町生まれ。37歳
2010年種智院大学仏教学部卒業後、香川県善通寺で四度加行満行。
同年冷水寺西室院入山。
4児の父。

順番は違えど、ご縁はまっすぐに

天皇に関係するお寺として、菊の御紋を寺紋とする、高取町清水谷の冷水寺西室院です。冷水寺の塔頭寺院の一つとして唯一残っている寺です。
冷水寺は元は行基菩薩の開基とされ、弘法大師も逗留されてお寺の建立に力を入れたと伝わっています。さらに桓武天皇の皇子である淳和天皇が足を傷め、この地の霊水で洗ったところ回復し、勅願によってお寺の建立を勧められたことから、天皇に関係するお寺となりました。
その後も隆盛を極め、境内は四万坪といわれる広さを誇っていました。後醍醐天皇が吉野に南朝を開かれた際には、当山の僧兵が天皇をお守りし、足利尊氏の大軍と戦うなど激しい時代もあったようです。
現在はそのような面影は少なく、のどかな寺ではありますが、ご本尊は弘法大師が逗留の折に造られたと伝わる身代わり不動明王であり、その厳しいお顔には、往時の盛衰が映し出されているように感じます。
淳和天皇像
このような由緒ある寺に生まれ育ち、迷うことなく種智院大学へ進学いたしました。しかし19歳の時、子どもを授かりました。突然のことで戸惑いもありましたが、大切なご縁として受け止め、二人で支え合いながら歩み始めました。妻とは高校時代からの付き合いで、将来を共にすることは考えておりましたが、少し順番が早まった形となりました。
20歳で結婚し、長男が誕生しました。子育てはわからないことばかりで、試行錯誤の連続でした。また生活の面でも決して余裕があるわけではなく、日々懸命に過ごしておりました。大学に通いながら新聞配達などの仕事をし、授業が終わればすぐ帰宅して別のアルバイトに向かうという毎日でした。
周りの友人たちが学生生活を楽しんでいる中、自分とは違う時間の流れを感じることもありましたが、それでも家族を守るために必死で歩んでまいりました。
やがて大学を卒業し、善通寺にて百日間の加行を受けました。その後自坊に入り、父に教わりながら務めを果たしてまいりました。他寺での手伝いや、アルバイトなども続け、生活を支えておりました。
そうした日々の中で子どもにも恵まれ、気が付けば4人の父となっておりました。長男は高校3年生となり、来年には種智院大学へ進学し、自坊を手伝ってくれる予定です。
振り返れば決して平坦な道ではありませんでしたが、多くの方々に支えられてここまで歩んでくることができました。子どもたちも、お寺の掃除や法要の準備などを共に行う中で、自然と成長してくれたように思います。私自身もまた、子どもたちと共に育てられてきたのだと感じております。
地域の方々との交流では、少年野球にも関わりました。皆で子どもを見守り育てるという姿勢に、寺の在り方とも通じるものを感じました。挨拶やけじめの大切さを伝える中で、子どもたちとの関係も深まっていきました。
現在、お寺に入って17年が経ちます。住職が体調を崩してからは、私が中心となって寺を守る日々が続いております。その中で改めて住職の重みを感じるとともに、まだまだ学ぶべきことの多さを実感しております。
つたない法話ではありますが、檀家の皆様は温かく耳を傾けてくださいます。また密教青年会の皆様からも、多くのご指導をいただき、日々精進を重ねております。
どなたでも気軽にお参りいただける、開かれたお寺でありたいと願っております。お墓があればご先祖さまに会いに来ていただける場所であり、ご先祖さまと語り合える場所である--そのような場であることが、お寺の大切な役割ではないかと思っております。
お参りが難しい方は、代わってお墓の見守りもさせていただいております。何かございましたら、どうぞお気軽にご相談ください。

西室院 年中行事

御朱印

聞き手:朝廣佳子

基本情報 Basic Information
冷水寺 西室院/れいすいじ にしむろいん
  • 住所: 奈良県高市郡高取町清水谷1262
  • TEL: 0744-52-4115
※ペット葬儀・霊園もあり
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